東西文化の交差点
Crossroads of China and Portugal


3 東西文化の交差点 Crossroads of China and Portugal
①セナド広場②聖オーガスティン広場③聖ヨセフ修道院及び聖堂④聖ローレンス教会⑤鄭家屋敷⑥リラウ広場⑦媽閣廟⑧海事博物館
【所要時間:約2時間30分】
左:ザビエルの上腕骨の一部が納められている。右:民政総署2階から見たセナド広場。

左:ザビエルの上腕骨の一部が納められている。右:民政総署2階から見たセナド広場。

セナド広場を起点として、マカオ半島最先端部にある海事博物館へとめぐるのがこのコース。

セナド広場はいうまでもなく、マカオ観光の中心地だ。「魚ぎょ鱗りん」と呼ばれる白と黒の石を波状に埋め込んだカルサーダスと呼ばれる石畳が実にみごと。石だけでなく、職人までもポルトガルから呼び寄せて、ひとつひとつ丁寧にはめ込んでいったというから、なんとも手が込んでいる。ここから東方斜巷(トンフォンチェーホン)の急坂を登ったところにあるのが、聖オーガスティン広場だ。

さらにその先にあるのが聖ヨセフ修道院及び聖堂だ。ここには、フランシスコ・ザビエルの右腕の骨が祀られている。一時日本に運ばれたものの、キリシタン弾圧時代とあってマカオに戻された。その後、聖ポール天主堂、聖アントニオ教会、コロアンの聖フランシスコ・ザビエル教会などを転々とした後、ここに祀られるようになったという曰く付きの遺骨である。

左:マカオの名前の由来となった媽閣廟。右:らせん状の柱が特徴的な聖ヨセフ聖堂。

左:マカオの名前の由来となった媽閣廟。右:らせん状の柱が特徴的な聖ヨセフ聖堂。

ポルトガル人が多く住んでいたという風順堂街にある聖ローレンス教会には、ポルトガルの航海の神様・聖ローレンスが祀られている。その先にあるのが、清朝末期の思想家・鄭觀應の故居・鄭家屋敷だ。彼の思想は、辛亥革命を主導した孫文だけでなく、毛沢東にも大きな影響を与えたといわれている。すぐ近くには、ポルトガル人が最初に住み始めたリラウ広場もある。「リラウの水を飲んだ者は、決してマカオを忘れることはない」ともいわれたが、残念ながら、今は井戸の水を飲むことはできない。

さらに500mほど先が、バラ広場と呼ばれる広場。ポルトガルが最初に上陸したところである。航海安全の守り神・阿媽を祀った媽閣廟や、15~16世紀の大航海時代の歴史が学べる海事博物館が、最後の見どころだ。

東西文化の交差点 Crossroads of China and Portugal

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