あなたはなぜマカオに?マカオ・トライアスロン・ナショナルチーム 安藤健太さんインタビュー(1/2)

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2015-11-19 / By /
2004年にマカオのトライアスロンナショナルチームのコーチに就任し、現在マカオ在住12年目の安藤健太さん。マカオの地でコーチとなるまでの経緯とこれまでの歩み、マカオでの生活について伺いました。(1/2)

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言葉が通じない状況でマカオのトライアスロンナショナルチームのコーチに


ーマカオでトライアスロンのコーチをやることになった経緯とは?
2003年に選手としてトライアスロンの大会に出場するため、初めてマカオを訪れました。その際マカオチームと一緒に練習をする機会があったのですが、その時に自分の練習方法を教えてほしいと声を掛けられたのがきっかけでした。当時、マカオにはトライアスロンを専門にトレーニングを教える人も機会も、ほとんどと言っていいほど無い状況でした。

 

初めて覚えた広東語は「11」と「12」。独学で広東語を習得してきた。

ー2004年からマカオチームのコーチに就任。マカオ生活のスタートはどのようなものでしたか?

マカオに来て驚いたことは100個以上ありますね。思い出すのは天ぷらうどんのスープが豚骨スープだったとか(笑)、食事の文化や何気ない生活スタイルで細かいことを数えたらキリがないほど。

中国語が全くできない状況で来たのでコミュニケーションも大変でした。
初めの5、6年はトライアスロン協会のオフィスで住み込み生活だったんですが、オフィスに出勤してくる70歳を過ぎたおじいさんは英語も通じず、全く意思疎通ができない。2年間は日本人と会う機会がなく、知り合いもできませんでした。

若い人は英語が分かる人が多いのでトレーニング自体はなんとかできましたが、それ以外の場面では致命的な誤解がよくありました。いつも英語で11と12を逆に言い間違える人がいて、「ミーティングが11時からある」と聞いて行ったら12時からだったり。「いやイレブンって言ったよ!12時ならトゥウェルブだろ」というやりとりが何度かありました。まずはそれを確かめる為に「11」と「12」の広東語を覚えました。なぜか「高い」と「安い」を逆に言うことも多かったなぁ。
英語を介するとミスコミュニケーションも起こるから、「これはもう広東語ができないとまずい」という環境におかれて徐々に身につけましたね。

12166677_1056444334400625_1338971633_nマカオ・ナショナルチームのメンバーと。2015年シカゴ世界選手権(左から3番目が安藤さん)

オリンピックを目指して単身オーストラリアへ渡った過去も。異国の地で意地でも踏ん張って生きていこうと気持ちがあった。

―日本に帰ろうと思うことはなかった?

正確に言うと、「帰れなかった」ですね。日本では郵便局で働いていたんですが、安定した職業で親も安心していました。それを4年で辞めてオーストラリアに行ったので、もう意地でも帰れなかった。退職金を持ってオーストラリアのゴールドコーストに渡り、オリンピックを目指して練習していました。完全自腹で。でもいよいよ手元のお金もなくなってアルバイトをしたり、最後は格安で寝泊まりできるシドニーの教会に滞在しながら練習を続けたりもしていました。
その頃はよく自転車とかランニングで空港行って飛行機を眺めてたんです。早くあの飛行機に乗って日本に帰りたいなって思いながら。
でも海外という土地で踏ん張っているというサバイバル感が当時は好きだった。
そんな時にマカオのナショナルチームから声がかかりました。自分の生きる場所があるから今もここにいます。

 

次ページ:マカオ生活12年目。安藤さんの今とこれから。

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