船乗りたちの祈り


Prayers of the seamen

富と恵み、そして脅威も。すべては海からやってきた

マカオで最も古い教会のひとつである聖ローレンス教会。南灣をのぞむ丘の上に建ち、かつて船乗りの家族はここで夫や息子たちの帰りを待った。

マカオで最も古い教会のひとつである聖ローレンス教会。南灣をのぞむ丘の上に建ち、かつて船乗りの家族はここで夫や息子たちの帰りを待った。

聖ローレンス教会の入り口両側には、祈りを捧げる天使の像。信者ならずとも厳粛な気持ちになる。

聖ローレンス教会の入り口両側には、祈りを捧げる天使の像。信者ならずとも厳粛な気持ちになる。

マカオの人々と海は、切っても切れないつながりがある。近海は天然の漁場であると同時に、はるか唐の時代から宋、元、明と続く交易拠点としての要衝でもある。

内港近くで魚介の乾物店を営むおじさんは、「海は恵みの源であり、ちっぽけな人間をあっという間に飲み込んでしまう恐ろしい存在でもある。マカオの暮らしは昔から海とともにあったし、どんなに埋め立てが進んでも海と離れることはできない。だからマカオの人たちは、海にまつわる神々を大切にする。もちろん、商売の神様もすごく大事だけどね」と、茶目っ気のある笑顔を見せた。

マカオ最古の寺院「媽閣廟」に祀られている媽祖(阿媽、天后ともよばれる)、コロアンの「譚公廟」の譚公、タイパの「北帝廟」の北帝(真武大帝、玄武大帝とも呼ばれる)も、海の守り神だ。

船乗りたちに愛された2つの美しい教会

ポルトガル伝統の石畳カルサーダスは、帆船や魚介類など、海にまつわる図柄が多く採用されている。

ポルトガル伝統の石畳カルサーダスは、帆船や魚介類など、海にまつわる図柄が多く採用されている。

海洋王国・ポルトガルから伝わった海の守り神を祀る教会もある。マカオで最も古い3つの教会のひとつであり(残り2つは、聖アントニオ教会と聖ラザロ教会)、南灣に臨む丘の上に建っている世界遺産の「聖ローレンス教会」だ。

16世紀半ばに木造の小さな教会が建てられ、数回の改修を経て、19世紀半ばに現在の形になった。ヤシの木が茂る庭の中に建つ、左右に塔を持った教会は、なんとも優雅で美しい。内部の装飾も美しく、ターコイズ・ブルーの天井や、白と金色の梁にシャンデリア、聖母伝説を描いたステンドグラスも見応えがある。

品よく華麗な内装は、このあたりに裕福な人が多かったからとか。祭壇には風の守護聖人とされる聖ローレンスの像が祀られている。

帆船時代は風こそが航海の要であり、聖ローレンスは海の守り神でもあったのだ。ポルトガル人の船乗りの家族は、教会の表階段に集まり、彼らの無事を祈りながら帰りを待ったという。ここからよい風が吹くようにという願いを込めて「風順教会」とも呼ばれている。

大堂(カテドラル)は、もともとタイパという土とワラでできたレンガで築かれていたとか。昔はここからも海を眺めることができた。

大堂(カテドラル)は、もともとタイパという土とワラでできたレンガで築かれていたとか。昔はここからも海を眺めることができた。

また、マカオのカトリック教会の中心的役割を担っている「大堂(カテドラル)」も、船乗りとの縁が深い教会だ。16世紀、マカオ教区設立にともなって小高い丘の上に建てられ、1622年にレンガ造りとなり、いまの重厚な石造りの教会になったのは1937年の再建時のこと。ファサードは柱と突出した2つの鐘楼が特徴的で、外部は上海製の漆喰で覆われ、建物に統制の取れた落ち着いた印象を与えている。教会前の広場は風の通り道で、いつも空気が澄んでいる。

現地の観光ガイドの女性が「周囲の埋立地にビルが建ち並ぶ現在からは想像しづらいと思いますが、昔はここから海を眺めることができました。船乗りの妻たちはこの教会で夫が帰ってくるのを見ていたそうで、そのため『望人寺(人待ち寺)』とも呼ばれていたそうですよ。外見は簡素ですが、中には美しいステンドグラスがあり、優しい光に満ちています」と、教えてくれた。

海を渡ってやってきたポルトガル人の最初の居住地

ポルトガル人が最初に定住したマカオ半島南端部にあるリラウ広場。マカオの原風景が伺える。

ポルトガル人が最初に定住したマカオ半島南端部にあるリラウ広場。マカオの原風景が伺える。

もうひとつ、約500年前、はるばる海を渡ってやってきたポルトガル人が最初に定住したというマカオ半島南端の歴史あるエリアをご紹介しよう。その中心にあるのが「リラウ広場」。

「おばあさんの井戸広場」という意味で、マカオでは貴重だった水源のある場所だ。昔、ここにあった井戸のそばにはいつもおばあさんが座っていたことから、その名がついたといわれている。

「マカエンセ(ポルトガル系のマカオ人)の伝説では、ここの井戸の水を飲むと、マカオから離れられなくなる。

マカオこそが故郷となり、マカオに必ず帰ってくると言われています。マカオに移り住んだポルトガル人がこの地に根付き、故郷として愛するようになった歴史と郷愁を感じます」(同)。

リラウ広場に再現された井戸。ここに湧き出る地下水は、マカオの天然水の貴重な供給源だった。

リラウ広場に再現された井戸。ここに湧き出る地下水は、マカオの天然水の貴重な供給源だった。

井戸はすでに塞がれているが、ガジュマルの大木の下にぐるりと設えたベンチでくつろぐ人々や、南欧風の建物が建ち並ぶのどかな街並みは、” マカオの原風景“とも感じられる。

洋館の階段では、結婚写真を撮っているらしいカップルが、プロのカメラマンとヘアメークを従え、幸せそうに寄り添っている。マカオの若者にとってもここは、” 写真映えスポット“のようだ。

「ここから坂を登った丘の上にある『ペンニャ教会』が、定番の結婚写真スポットなんですよ。ついでにここでも写真を撮るカップルが多いんじゃないかしら。ペンニャ教会は世界遺産ではありませんが、航海の安全を祈る聖地として信仰を集めた美しい教会。こんな伝説があります。オランダ艦隊の攻撃のなか聖母マリアが出現し、ポルトガルの船員たちを導いて無事上陸させた。船員たちは深く感謝し、1622年、海を見渡すペンニャの丘にこの教会を建て、以降、大海原へ出航する船乗りたちが祈りを捧げる場所になったのだと。いまの建物は1935年に建て替えられたものですが、素晴らしい眺望は健在。南灣湖と西灣湖、その真ん中に建つマカオ・タワー、対岸のタイパや、中国本土まで見渡すことができます。すぐ下の公園は、毎夏恒例のマカオ国際花火コンテストの鑑賞スポットとしても有名ですよ」(同)。

船乗りたちの祈りの場は、これからもマカオの人々に愛され、心の拠り所であり続けるだろう。

中国でも南欧でもない
イスラム様式の建物

マカオ半島南部の「港務局」は、1874 年建築。マカオの警察部隊を補強するためにインド・ゴアから派遣されたインド人の宿泊施設(現在は海事水務局として使用されている)で、インド・ムガール帝国の建築要素が反映されている。イタリア人建築家の設計によるというのも、国際都市マカオならでは。

風通しの良さそうな広いバルコニーは、湿気や雨の多いマカオの気候に向いた設計。モスクを思わせる尖塔アーチがいくつもデザインされているのが特徴的だ。夜のライトアップも美しいので、夕食後の散歩で立ち寄るのもおすすめ。